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お歯黒は江戸時代の虫歯予防としての役割もあった

浮世絵

お歯黒というのは文字通り染料を使って歯を黒く染める行為のことで、中国南部や東南アジアなどで古くから行われてきた風習です。
日本でも、江戸時代までは庶民や貴族を問わずに幅広く行われていました。
現代人の目からすると一見奇異に思われる習慣ですが、じつは儀式や化粧としての意味合いだけでなく、歯周病や虫歯予防の効果もあったことが知られています。

お歯黒の起源についてははっきりとは分かっていませんが、日本には奈良時代くらいに伝わったものと考えられています。
古墳に埋葬されていた埴輪などにも、歯の部分を黒く染めたものなどが見られます。
一般に女性がするものと思われているお歯黒ですが、平安時代や戦国時代には男性である貴族や武将なども歯を黒く染めることがありました。

江戸時代になるとこの習慣は都市部の庶民にも広まり、生活のなかに取り入れられていきます。
既婚女性や、未婚の場合でも18歳から20歳くらいの女性、そして遊女や芸妓がする化粧としては一般的なものでした。
農村部では、祭りや結婚式、お葬式などの際にお歯黒をする習慣がありました。
大正時代にはこの習慣はほとんど廃れてしまいましたが、一部の農村部ではその後も昭和時代初期ころまで歯を黒く染める風習が残っていた地域があります。

お歯黒に使われる成分は、地域や時代によっても多少違いがありますが、主にタンニンを主成分とするふし粉と呼ばれるものと、酢酸第一鉄を主成分とする鉄漿水と呼ばれるものからなっています。
お歯黒をする際には、この二つの成分を筆や爪楊枝などを使って交互に歯に塗っていきます。

タンニンは渋柿の渋みの元となっている物質で、歯のタンパク質に作用して組織を引き締める効果を持っています。
また、第一鉄のイオンは歯のエナメル質のなかにあるハイドロキシ・アパタイトを強化して、酸に強くするという作用があります。
タンニンと酢酸第一鉄という二つの物質によって、歯の表面に薄い被膜を作ることで、細菌から歯を保護するという効果があるのです。

歯を綺麗に黒く染めるためには、歯の周りについている歯垢を綺麗に取り除いておく必要があり、江戸時代の女性たちは爪楊枝を使って習慣的に歯の掃除をしていました。
また、歯のエナメル質というのは色素が定着しにくい部分です。
お歯黒が綺麗に染まるようになるには数年の時間がかかるため、お歯黒は嫁いだ家にしっかりと馴染んで尽くすという女性の貞操をも意味するようになっていったのです。

近代になると、お墓から掘り起こされたお歯黒をしている歯にはほとんど虫歯がないことが分かり、その虫歯予防の効果についても証明されています。
現代では歌舞伎や花柳界などの一部でしかお歯黒を見ることはできませんが、お歯黒の歯周病や虫歯予防の効果を応用する研究も進んでいます。
虫歯を治療した後にはサホライドと呼ばれるフッ化ジアンミン銀を歯に塗布することがありますが、これもお歯黒をヒントにして生まれた治療方法です。